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キャリアトピックス

ライフシフト時代の
ミドル・シニアのキャリア開発

インタビュー記事

 

立教大学 経営学部 助教 田中 聡 氏
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■Q:停滞感を感じているミドル・シニア層の特徴とは?

私がフェローを務めるパーソル総合研究所と法政大学大学院 石山恒貴研究室が共同で行った調査(※)によれば、将来の出世に対して明るい見通しを持つ一方、今置かれている立場に不満を抱え、会社や上司に対して強い不満感を示していることが特徴的です。興味深いのは、50代前半の課長層に多いという点です。
停滞感を感じるミドル・シニアというと、「窓際族」「働かないおじさん」といったイメージがつきまといますが、今回の調査で分かったのはそういうステレオタイプな人物像ではなく、むしろ職場で忙しく働いている課長層に多いということでした。会社のために忠誠を尽くし,時には長時間労働・全国転勤なども厭わずに会社のためにこれまで一生懸命に働いてきた人たち。
ただし、50代前半の課長層という立場を客観的に捉えれば、今以上の出世を期待するのは現実的ではないのです。なぜなら、多くの会社で50代半ばに役職定年という昇進の壁を設けているためです。その現実を受け入れられないまま、今置かれた状況の不遇さを会社や職場への不満という形で吐露している.アンケート結果からも、この年齢層の仕事への満足している割合は、全体の5%程度。特に、直属の上司への不満が多く、上司に対して満足を感じている割合は、4.7%しかありません。
この理由として考えられるのは、
・客観的な自分の状況認識ができていない。
・社内での昇進・昇格がキャリアの軸になっている。
ことです。
特に重要なのは後者で、本来であれば仕事の専門性を高めたり、キャリア軸で物事を考えていくべきだが、それができていない点です。
 
(※)パーソル総合研究所・法政大学 石山研究室「ミドル・シニアの躍進実態調査」
 
 
■Q:転職が一般化してきている現在でもそうでしょうか?

たしかに人材各社ミドル・シニア層の転職ビジネス拡大に向けて精力的に取り組んでいますが、まだ一般化している状況とは言えません。その理由はいくつかありますが、ミドル・シニア側の意識として、社内での昇進・昇格をキャリアの価値観に置く「就社」意識が根強いこと、特に大手企業から中小企業への転職では給与が下がること、などが主な要因となり、思うように人材の流動化が進んでいないのが現状です。
 
■Q:役職定年制度がある中で、自分の出世の限界に気付かないものでしょうか?

自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性を社会心理学では「正常性バイアス」と言いますが、その影響も考えられます。つまり、役職定年制度があること自体は理解していても、どこかで自分だけは対象外だと思ってしまっているケースです。また、私たちの調査では、役職定年後に対する事前準備に関する質問で、「役職定年後については極力考えないようにしていた」と回答した割合が2割以上いることが分かりました。
役職定年以降の心理的なダウンは、年収ダウンによる影響以上に、社内での関係性が変わることに起因していることがわかっています。今までなら、社内の重要な情報が自分にも届いていた。何かあれば相談を受ける立場であったが、そうした状況が一変する。周囲の接し方も変わっている。こうした疎外感を感じ、居場所がなくなっていると感じることで、心理的な意欲の低下が見られています。特に、これまでの役職が高く、管理メンバー数が多ければ多い人ほど、この傾向は強くでます。
 
■Q:ミドル・シニアに関係なく、外資系でいう降格人事でも言えることではないでしょうか?

成果に対する報酬(Pay for performance)の考え方が根底にある外資の場合、降格人事は決して珍しいことではありません。ただ、日本企業の役職定年はそうではありません。ポストによっては定年ギリギリまで降格しないという例外措置も多くあり、現場ごとに運用が異なるのが実態です。そのため、直前になっていきなり言われたと感じる人が多いことも調査で分かっています。人事は前もって伝えているし、慣習としてもそうなっている。だけど、当の本人は突然だと感じている人が圧倒的に多い。それまで見て見ぬふりをしてきている訳です。
ここから再起できる人は、事前の準備をしっかりとしている人たち。自分のキャリアにとって不都合な未来がやってくるということを予測し、変化に柔軟に対応できるよう準備している人、予め動けている人との差は大きいです。
 
■Q:回避するためには、何をしておくべきだったのでしょうか?

将来起こりうる不都合な現実を予期し、しかるべき準備をしておくこと。これを私たちは、リアリスティックキャリアプレビュー(RCP)と呼んでいますが、そうすることで、メンタル面での減退はあるが、そこからのしなやかな再起が可能になると考えられます。誰しもが、不都合な現実を予期して、しかるべき対応をしておくべきです。個人としては、就社という概念は捨て、早くからキャリアのオーナーシップを持つべきです。

 

■Q:会社としては、そういう取り組みを促すべきでしょうか?

会社としては、油ののった20代後半~30代のうちは、社外の世界を見せることに抵抗感を持つ場合が多かったのではないでしょうか。
社外の勉強会に足を運んで、外の緑の芝生を見てほしくはない。できるならば、自社だけを見てほしいし、40代半ばくらいまでは自社のために全速力で走ってほしいと考える。それが、本人の貢献度以上に給与が上がる40代以降になると、人件費を抑制したいという狙いから、急に転職を促すようになるという、いわば手のひら返しの状態が生じていた。
ミドル・シニアを「コスト(人件費の高い人材)」と捉えれば当然のこととも言えます。
しかし、有効求人倍率が1倍を超えた2014年以降、ミドル・シニアをコストから育成対象へと捉え直す動きが広がってきています。人口減少社会になったことが一つのきっかけです。労働力不足になり、若手の採用が難しくなる。外国人や女性・障がい者などの採用を増やすことで労働力を確保するのか、今いる従業員一人当たりの生産性を高めるのかのいずれかしかない。
その時に最も考えやすいのが、働き手のボリュームゾーンであるミドル・シニア層の有効活用です。今後は定年延長にもなっていくので、元気なシニアを育て、どう価値発揮してもらうかに、人材マネジメントの方向性が変わってきています。
 
■Q:企業は、どう価値発揮してもらうといいのでしょうか?

先ほども言ったように、賃金よりも貢献が上回っている時期には辞めてほしくないというのが会社側の本音です。これが逆転する40代半ば以降、特に50代前半あたりには、会社側は社員に積極的に居続けてもらいたいというインセンティブは低下する。でも、個人からすると、ここで辞めてしまうと、これまで我慢してきた過去の貢献分が無駄になってしまうと考え、辞めずに会社に残ろうとする。
辞めさせたい会社と、残りたい個人の価値観バランスが矛盾している状態だが、この年齢によるバランスが変わってくることも考えられます。
 
■Q:海外や外資系企業ではどうなのでしょうか?

外資系企業はもともと年齢をベースにした処遇という考え方がないので、日本企業が抱える問題には直面しにくいでしょう。
では、日本企業がすぐさま海外で一般的な職務型に移行するかと問われれば、答えはNOです。そもそも「職務」という概念が日本にはありません。どっちの仕事だっけ?という社内のポテンヒットをお互いに取り合おうとする不文律の文化が日本企業にはあります。そうしたお互いに助け合う文化が、日本企業の強みとされてきました。今後起こりうる変化は、職務そのものが大きく変わっていくようなダイナミックなものになるはずです。そうした状況では、評価や処遇のベースとなる職務そのものの変更が余儀なくされる職務型は、必ずしも万能とは言えません。
つまり、職務型の一番の問題点は、職務の変更に伴う運用コストが高くつくことです。職務自体も変わっていく中では、ジョブディスクリプションも短命化する可能性があります。そこで、職務型とこれまでの日本企業の良さであるメンバーシップ型の中間に位置する、プロジェクト(PJT)型とも言える新しい概念になっていくのではないかと考えています。PJT単位となると、PJTが変わればチーム構成も変わっていく。そうなると、二つの意味での有機的(有期的)な組織形態になっていくと考えられます。一つはオーガニックという意味での有機的組織、そしてもう一つは期限が決まっているという意味での有期的組織です。
 
 
■Q:となると、今後は、個人もPJT単位でキャリアを考えることが重要となるのでしょうか?

会社はある意味で箱ものとして考え、その中で、複数のPJTがあり、個人はそのPJTに参加していく。会社に入社するという感覚ではなく、PJTに参加するというPJT思考をもつことが重要だと思います。そして、そのPJTの選び方は人それぞれです。いずれにせよ、個人個人がキャリアのオーナーシップを自分で持つことが重要だと思います。

【プロフィール】

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田中 聡 氏

立教大学 経営学部 助教
株式会社パーソル総合研究所 フェロー
一般社団法人 経営学習研究所 理事

1983年 山口県周南市生まれ。東京大学大学院学際情報学府 博士課程修了。博士(学際情報学)。2006年 株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社。事業部門での実務経験を経て、2010年 同グループのシンクタンクである株式会社インテリジェンスHITO総合研究所(現・株式会社パーソル総合研究所)設立に参画。同社リサーチ室長・主任研究員を務めた後、2018年より現職。専門は、経営学習論・人的資源開発論。働く人と組織の成長・学習を研究している。株式会社パーソル総合研究所 フェロー。一般社団法人経営学習研究所 理事。